お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “雪ゆき・こんこ”
 


週の頭の節分は花見どきの暖かさだったはずだのに、
同じ週末は真逆の大荒れ、
最強寒波と爆弾低気圧のダブルパンチを食らった東京で。
ずんと冷え込んだその上、湿った雪が延々と降り続き。
雪の重みで電線が断線しての広域停電も各所で発生。
しかもしかも、発達した低気圧は台風波の突風をもたらして、
都心でも横殴りの猛吹雪となり。
路面凍結や視界不良からという交通事故も多発。
交通網もあちこちマヒしまくったその影響は、
都知事選当日となった日曜まで響き、

 『まま凄まじいまでの大差だったそうだから、
  大雪のせいで
  無党票とか浮動票が浮きまくっての結果だろうなんて、
  やっかみや負け惜しみを言われることは無さそうですが。』

あんまり政治向きに物申すタイプじゃあない林田さんまでが、
そんな苦言を口にしたのも、
まだまだ若手な彼には記憶に覚えのないほど
そりゃあ凄まじい吹雪のせいだったようなもの。
何十年振りかで東京に“大雪警報”が出たほどの、
そんなまでの大雪だったものだから、

 「…………うわぁ。」
 「みゃあ………。」

島田さんチのお庭が、
一面雪に覆われていたのも当然ちゃあ当然で。
夜中じゅう、怖いくらいの風籟が鳴り響き、
しんしんと寒いし、
ミシミシと変な音はするしというのも重なって。
これはもしやと気になって様子見に足を運んだ居間から、

 『…みゃんにぃ。』

半分既に泣き出していた坊やが出て来たのを、
よーしよしと ひしと抱き締めた七郎次。
ついでに、そちらはくうすう寝ていたクロちゃんも掬い上げ、
大人たちの寝室まで連れ帰ると、
そちらも寝入っていた勘兵衛に背中を向ける格好で、
(あくまでも、間に挟むとつぶされないかと恐れてのことですが。)
ほらもう泣かないのと、いい子いい子と宥めつつ、
あまりよくは眠れぬまま、
朝までうとうとと過ごした不安な夜だっただけに。

 『翌日は朝から嵐だったら、
  もうもうどうしようかと思ったんですがね。』

風の音やら屋敷が軋む気配やら、
敏感だからこそ怖がった久蔵なのだろから。
そんな状況がまた続くようなら可哀想だと案じておれば、
打って変わっての静けさと、
すべてをリセットしましたと言わんばかりに真っ白一色だった、
庭じゅうを埋めた雪景色の見事さよ。

 「凄いね〜〜。」
 「みゃんにゃう・みぃvv」

朝早い時間帯だからか、まだ陽も淡い明るさであり。
それが降りそそぐ純白のお庭は、
陰がほとんどないせいか、砂糖菓子みたいにも見えたほど。

 「足跡もないもんねぇ。」

そういうシーズンの到来か
このところ、恋猫の甘い声も
あちこちから聞こえていたこのごろだったが。
さすがにあの嵐の中を徘徊した強わものはなかったか、
茂みや木立の足元はもとより、
芝草を張られていた辺りの平らなところも
それは奇麗なままであり。

 「どらどら♪」

どれほど寒いのかな?と、
リビングの大きな掃き出し窓、
七郎次がちょっとだけからからと開いた隙間から。

 「みゃっvv」

うずうずが極まったものか、
えいっと沓脱ぎ石へと飛び降りた おちびさんで。

 「あっ、久蔵っ?」

フリース風の靴下ばきという姿だが、
それでも雪の上へそのまま降りては冷たかろと。
制止する手が微妙に間に合わなかった、七郎次の腕の先。
意外にも結構な深さがあった やわやわな雪をさくりと沈め、
小さなあんよで ちょんと降り立った小さな坊や。
一瞬、そのまま硬直してしまい、
それからそれから
フリースのふかふかな上着にくるまれたか細い腕を、
左右から胸元へと引き寄せると、

 「……みぃやぅ〜〜っ。」
 「ああほらほら、冷たいだろに。」

ふるるっと震える小さな体を見かね、
腋の下へ両手を差し入れてやると、
せぇので引き上げての
そのまま懐ろへ抱っこへともってゆく七郎次であり。

 「みゃう、にゃう、みぃ〜〜。」
 「そうだね、冷たかったねぇ。
  ほら、こっちおいで。」

小さなお手々でぎゅうと、
七郎次が羽織るキルティングのガウンの
二の腕のところへ掴まる、
その健気な必死さがまたまた
敏腕秘書殿のやさしいお胸をきゅうんと鷲掴みにしてしまい。

 「ここに入ってようね。
  ああ、お手々も頬っぺも ちめたいねぇ。」

ガウンの内側、
懐ろ深くへ掻い込んでやったその上で。

 「ほぉら、カーペットも温ったまってきたよ。
  ヌクヌクだねぇ?」

ちょっと待っててねと、
ふっかふかのブランケットを敷いて、
特に温かくした電気カーペットの上へ、
ほぉら座ってごらんと、そおと降ろして差し上げる、
何とも行き届いたケアをして見せるおっ母様ぶり。
リビングのコタツの傍らで、
朝も早よから ぺたりと座り込んで、
何やらごちゃごちゃ、
可愛い甘えっこをしている母と子なのへ。
廊下側の戸口の際に寄り掛かり、
やれやれとこそり苦笑しているのは、
家長の勘兵衛と、実は式神のクロ殿で。

 《 久蔵殿が仔猫のままで怖がって見せたのは、
   妖しい気配が寒さと共に寄り付いて来ていたからですよ。》

 「やはりな。」

彼にとっては“小さな坊や”の久蔵を案じるあまりにとはいえ、
七郎次がなかなか寝付かぬものだから。
その不安な心へいつにも増しての妖異らが集まりかかっており。
眠ってくれれば、その隙に、
夜陰へ飛び出し片っ端から切り払いも出来たのだけれど、

 「選りにも選って、
  夜泣きしていないかと様子見に来られてはな。」

それはそれは心優しい伴侶殿。
仔猫をさえ案じて眠れなくなるほどの懐ろの深さのせいで、
逆に守護たちが翻弄されてしまったようなものだった、
困った凍夜ではあったれど。

 《 小さな久蔵を怖がらすまいと、気を張ってらしたので、
   結句、妖かしも間近へ寄り付くことまでは出来ませなんだ。》

久蔵自身のさりげない覇気もあったし、
クロも寝たふりをしつつ防御の陣を張っていた。
勘兵衛に至っては、
その存在自体が護神の寄り代も同然の御身ゆえ。
人を襲えるだけの大妖であっても、
これだけの顔触れが一つところにまとまっていた場へ、
のこのこ踏み込めるお馬鹿もおるまいて。

 「奇麗だけど寒い寒いだねぇ。」
 「にゃんみゅう〜。」
 「今日もおウチで じっとしてよーね?」
 「みゃうみゅんvv」

 昨夜ずっと起きてたから、お昼寝三昧だぁ。
 にゃんvv
 ごはんは、そう、今からお弁当作って。
 みゅう?
 うん、おウチの中で雪見ピクニックだ。
 みゃうにゃあvv

リビングでは、
何ともほのぼのとした相談がまとまっているようで。
まま、他のメンツもこそりと夜明かししたようなものだしと、
一日じゅうだらだら過ごすことに意義はなし。
キッチンへ移動する彼らに見つからぬよう、
足音忍ばせ、こっそり寝室へ戻る、
このおウチでは男衆サイドのお二人だったりするのであった。





  〜Fine〜  14.02.10.


  *いやはや、関東以北の皆様には
   とんでもない週末と日曜だったそうですね。
   ウチも土曜の朝は、
   玄関先から早くも積雪がシャーベットになっていて、
   坂の多い土地だけに、
   ここを出掛けるなんてなんてご苦労さんなと、
   勤め人の皆さんに頭の下がる想いだったでございますが。
   ……都心で地吹雪ってのは半端じゃないですね。
   風はさほど吹いてないもんな、こっちは。
   歩く不自由や路面凍結のスリップへの警戒のみならず、
   交通網も寸断されたというしねぇ。
   東京ってそうまで雪に弱いんでしょか。
   夏の凄まじさに負けてませんね、冬。
   ……言っとくけど、褒めてませんからね、冬。

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